インバスケット演習で「案件の全体に目を通す」とは、すべてを丁寧に読み込むことではありません。自分に何が期待されているのか、いつまでに何が起きるのか、放っておくと広がる問題は何か、案件どうしがどうつながっているのか。それをつかんで、どこに力をかけるかの見当をつけることです。

インバスケット演習では、限られた時間の中で、たくさんの案件を処理します。そのため、最初の案件から順に手をつけたくなるものです。しかし、管理職の仕事の進め方として大切なのは、手をつける前に、まず全体を見渡すことです。

この記事では、20年にわたり人材アセスメントに携わってきた立場から、全体に目を通すときに何を見ればよいのかを、架空の例を交えて解説します。

朝のメール、上から順に開いていませんか

朝、パソコンを開くと、受信箱にメールがたまっています。あなたは、それを上から順に開いて、一通ずつ返信していませんか。

インバスケット演習の回答を読んでいると、案件をどの順番で読み、どの順番で処理したかに、その人の普段の仕事の進め方がよく表れます。日頃からメールを上から順に処理している人は、演習でも案件を番号順に処理しがちです。

番号順や届いた順に処理すると、後ろのほうに重要な案件があったとき、気づいたときには時間が残っていない、ということが起こります。急いで手を打つべき問題が、手つかずのまま残ってしまうのです。

なぜ、最初に全体を見るのか

時間は、人・物・金・情報と並ぶ、限られた経営資源です。限りがあるからこそ、使い方を先に決める必要があります。全体を見ないまま手をつけると、目の前の仕事にどれだけ時間をかけてよいのかが分かりません。

また、全体を見ないと、一つひとつの対応は正しくても、全体としてはちぐはぐになることがあります。同じ問題から起きている二つの出来事に、別々の人へ別々の指示を出してしまう、といったことです。全体を見渡すことは、一つひとつの判断を筋の通ったものにするための準備でもあります。

全体に目を通すとき、何を見るのか

1.自分の立場と、期待されていること

自分はどのような立場で、誰から、何を任されているのか。職場はどのような状況にあるのか。まず、自分の「立ち位置」を確かめます。同じ案件でも、立場や期待によって、取るべき対応は変わるからです。立ち位置から方針を立て、優先順位を決める流れは、別の記事で詳しく取り上げます。

2.期限と予定

いつまでに何が必要なのかを確かめ、自分の予定と重ねてみます。自分が職場を離れる期間に期限が来るものは、出発前に手を打っておかなければなりません。

3.放っておくと広がる問題

お客様、安全、法令、そして人の気持ちにかかわる問題は、手を打たないでいると、時間とともに影響が大きくなりがちです。期限が書かれていなくても、早く気づきたい案件です。

4.繰り返し出てくる名前・数字・出来事

別々の案件に、同じ人の名前や同じ数字が出てくることがあります。それは、案件どうしがつながっている手がかりかもしれません。

5.目星をつけながら読む

「問題の原因は、この辺りにありそうだ」と見当をつけながら読むと、どの情報が大切かを見分けやすくなります。最初から答えを決めつけるのではなく、仮の見立てを持って読み、読み進めながら見立てを確かめていく、という読み方です。

「急ぐもの」と「重いもの」を分けて捉える

全体を見渡したら、案件を「急ぐもの」と「重いもの」に分けて捉えてみます。急ぐものとは、期限が近いものです。重いものとは、手を打たないと影響やリスクが大きくなるものです。

この二つは、いつも一致するとは限りません。急ぐけれども軽いもの、急がないけれども重いものがあります。急ぐものには遅れずに手を打ち、重いものには時間をかけて手厚く対応する。逆に、急がず軽いものは、方針を示して人に任せたり、簡潔に済ませたりします。このように仕事に重みをつけて切り分けることを、軽重判断といいます。

優先順位のつけ方は、次の記事でも解説しています。
→ 関連記事:仕事が重なったとき、どこから手をつけるか ― 優先順位と任せ方

架空の例:課長の机に届いた6つの用件

あなたは営業課長で、明日から3日間、出張に出ます。出発前の机に、次の6つの用件が届いています(届いた順)。

  1. 部長から:来週の部内会議の資料に、事前に目を通しておいてほしい。
  2. 田中さんから:来週の展示会の準備状況の報告。ブースの備品の手配がまだ終わっていない。
  3. 佐々木さんから:体調不良のため、今週いっぱい休ませてほしい。
  4. お客様のA社から:先週お願いした見積もりについて、まだ返事がない。今週中にほしい(2度目の問い合わせ)。
  5. 人事部から:社内アンケートへの回答のお願い(締め切りは来月末)。
  6. 取引先のB社から:担当者が交代したことのあいさつ。

届いた順に処理すると、1件目の会議資料を読み込むことから始めることになります。しかし、全体に目を通すと、別の姿が見えてきます。

A社の見積もりは、お客様からの2度目の問い合わせで、期限は今週中です。急ぐうえに、対応を誤るとお客様の信頼を損なう重い案件です。さらに、A社を担当しているのが佐々木さんだとしたら、どうでしょう。見積もりが止まっている理由は、佐々木さんが休んでいるからかもしれません。そうであれば、佐々木さんへの返信とA社への対応は、別々ではなく一緒に考える必要があります。誰に引き継ぐのか、A社にはいつ、誰から連絡するのかを決めて、出発前に指示しておかなければなりません。

展示会の備品は、来週までに手配が必要で、担当の田中さんに期限と報告を求めておきたい案件です。会議資料は来週の会議までに読めばよく、出張中や帰ってからでも間に合います。アンケートは締め切りが先なので、後に回してかまいません。B社へのあいさつには、簡潔なお礼の返信で十分でしょう。

同じ6件でも、全体を見てから手をつけるかどうかで、どこに力をかけるかが大きく変わります。

よくあるつまずき

  • 全体を見ることに時間をかけすぎる
    すべてを丁寧に読み込もうとすると、手を打つ時間がなくなります。全体の把握は、どこに力をかけるかの見当がつくところまでで十分です。
  • 最初に見えた問題に飛びつく
    目立つ問題ほど、すぐに手を打ちたくなります。しかし、本当に重い問題は、別の案件の中に隠れていることもあります。
  • 自分の立場や期待を確かめずに処理を始める
    立ち位置があいまいなままだと、一つひとつの判断に一貫性がなくなり、期待とずれた対応になりがちです。

職場でできる練習

全体を見渡す進め方は、日々の仕事の中で身につけることができます。

  • 朝、受信箱を開いたら、すぐに返信を始めず、まず件名と差出人を一通り見てから手をつける。
  • 週の初めに、今週の仕事を書き出し、「急ぐ」「重い」の印をつけてから予定を組む。
  • 一日の終わりに、手をつけた順番を振り返り、「本当にこの順番でよかったか」を考えてみる。

まとめ

  • 全体に目を通すとは、すべてを丁寧に読むことではなく、どこに力をかけるかの見当をつけること。
  • 見るのは、自分の立場と期待、期限と予定、放っておくと広がる問題、繰り返し出てくる手がかり。
  • 「急ぐもの」と「重いもの」を分けて捉え、仕事に重みをつけて切り分ける。
  • 演習での進め方は、普段の仕事の進め方を映す。日々の仕事の中で練習できる。

案件を読む順番、処理する順番と、仕事の軽重のつけ方については、次の解説動画でもお話ししています。

よくある質問

全体に目を通すのに、どのくらい時間をかければよいですか。

どこに力をかけるかの見当がつく程度で十分です。大切なのは、全体を見る時間も含めて、限られた時間をどう使うかを最初に計画することです。ただし、計画どおりに進められるようになるには慣れが必要です。演習を繰り返したり、日々の仕事の中で全体を見てから手をつける習慣を続けたりすることで、全体をつかむ速さと確かさが身についていきます。

全部読んでから処理するのと、読みながら処理するのでは、どちらがよいですか。

決まった正解はありません。ただ、全体を見ないまま処理を進めると、後から重要な案件やつながりに気づいて、先に出した指示を見直すことになりがちです。まず全体を見渡して見当をつけ、そのうえで重いものから手をつける進め方が、手戻りが少なく済みます。

普段の仕事でも、同じことが言えますか。

はい。インバスケット演習は、管理職の机の上の仕事を、限られた時間の中で再現したものです。全体を見渡してから、急ぐものと重いものを見分けて手をつける進め方は、そのまま日々の仕事にも当てはまります。

あなたの回答は、どう評価されるのか

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執筆者

西山 真一(人事総務マネジメントサービス株式会社 代表取締役)。社会保険労務士・中小企業診断士。著書に『人材アセスメント受験者、管理職のためのインバスケット演習』(廣瀬正人 監修)ほか、シリーズ累計8万部。YouTubeで「西山真一の実践的マネジメント講座」を配信。(会社概要)

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