管理職の仕事は、案件が一つずつ順番に来るわけではありません。相談、報告、トラブル、期限のある依頼が重なり、すべてを自分で丁寧に処理する時間はありません。結論から言うと、こうした場面で問われるのは、全体を見渡して何が大事かを見極め、自分が手を打つことと人に任せることを分ける力です。インバスケット演習は、まさにこの場面を再現したものです。
結論から言うと
- 手をつける前に、全体を見渡す:目の前の一件から始めず、何が起きているのかを先につかむ
- 影響の大きいものから手を打つ:人の心身、顧客の信頼、法令に関わることは、期日がなくても先に
- すべてを自分でやろうとしない:方針を示し、誰が・いつまでに・誰へ報告するかを決めて任せる
- 大事な仕事には、腰を据える:方向性や方針を決める仕事は、根拠を示して丁寧に
なぜ優先順位の判断が、管理職に求められるのか
マネジメントとは、限られた人・物・お金・時間を最も効果的に使い、人を通じて成果をあげることです。管理職が一つひとつの仕事を自分で丁寧に仕上げていくと、手が届かない仕事が必ず出てきます。そして、手が届かなかった仕事の中に、職場にとって最も重い問題が含まれていることも少なくありません。
だからこそ管理職には、「何から手をつけるか」「何を人に任せるか」を判断することが求められます。これは時間の使い方の工夫ではなく、組織の資源をどう配分するかという、マネジメントそのものの判断です。
仕事が重なったときに、よく起きること
人材アセスメントの場で多くの方の取り組みを拝見していると、仕事が重なったときの進め方には、いくつかの傾向があります。
- 届いた順に、一件ずつ仕上げていく:誠実な進め方ですが、届いた順は重要度の順ではありません。後から届いた深刻な問題に、手が届かなくなります
- 目の前の一件に深く入り込む:関心のある案件や得意な分野に時間を使い、期限のある仕事や人に関わる問題が後回しになります
- 全体を見ないまま動き出す:別々に見えた出来事が、実は同じ問題から起きていることに気づかず、ばらばらに対処してしまいます
- 自分で抱え込む:任せれば進む仕事まで「戻ってから自分で」と抱え、自分がいない間、職場が止まります
どれも、能力や意欲が足りないのではなく、全体を見て順番を決めるという一手が抜けていることから起きています。
全体を見渡すときに、つかんでおきたいこと
手をつける前に、次の3つを確かめておくと、順番の判断がしやすくなります。
- 放っておくと広がる問題:人の健康や安全、ハラスメント、顧客からの苦情、法令に関わることです。時間がたつほど、取り返しがつかなくなります
- 期日:提出や回答の期限、会議の日付です。とくに、自分が対応できない間に来る期日に注意します
- つながり:同じ人物、同じ問題、同じ数字が、別々の報告に出てきていないか。つながりが見えると、表面の出来事の奥にある、職場の根っこの問題が見えてきます
どの仕事から手をつけるか
順番を決めるときは、「急ぐかどうか」と「影響が大きいかどうか」の2つで仕事を振り分けると、迷いが減ります。
| 仕事の性質 | 例 | 手の打ち方 |
|---|---|---|
| 急ぐ・影響が大きい | ハラスメントの訴え、顧客からの苦情、健康を損ねるほどの長時間労働 | 真っ先に手を打つ。結論と、それまでの間の手当てを決める |
| 急がない・影響が大きい | 職場の方向性、業績の立て直し、事業の方針 | 腰を据えて取り組む。数字や事実の根拠を示す |
| 急ぐ・影響は小さい | 出欠の連絡、事務的な期限の確認 | 人に任せる。誰が・いつまでにを明確に |
| 急がない・影響は小さい | お礼、情報の共有 | 一言で返すか、後日の段取りに回す |
「急ぐ」かどうかは、期日だけで決めないことが大切です。期日が書かれていなくても、人の心身や顧客の信頼に関わる問題は、時間がたつほど大きくなります。
すべてを自分で抱えず、方針を示して任せる
優先順位を決めることは、後回しにする仕事を放っておくことではありません。自分が直接手をかけない仕事も、方針を示して人に任せれば、職場は前に進みます。
次は説明のための架空の例です。あなたは営業課長で、明日から一週間、出張で職場を離れます。部下の佐藤係長から、「取引先B社から、来月の展示会への出展の打診が来ています。回答期限は今週金曜日です」と相談が来ました。
抱え込んだ返事
佐藤さん、ご連絡ありがとうございます。展示会の件は、出張から戻りましたら検討いたします。
丁寧ですが、回答期限は不在中に来ます。このままでは、B社への返事が誰からも出ないまま期限を過ぎてしまいます。
方針を示して任せた返事
佐藤さん、ご連絡ありがとうございます。出展は前向きに考えています。費用と人員の見込みをまとめ、木曜日までに部長に相談のうえ、金曜日にB社へ回答してください。結果は私にもCCで知らせてください。
方針(前向き)、誰が(佐藤係長)、いつまでに(木曜日・金曜日)、誰に(部長への相談、自分への報告)がそろっています。自分が手をかけられない仕事でも、任せ方次第で職場は止まりません。
一方で、方向性や方針を決めるような重い仕事は、短く済ませてよいものではありません。なぜその方針なのかを、数字や現場の事実を根拠に示すことで、周りの人が納得して動けるようになります。軽い仕事は任せ、重い仕事には腰を据える。このメリハリが、管理職の時間の使い方です。
よくある質問
Q. インバスケット演習では、すべての案件を処理する必要がありますか。
すべてを終えることが目的ではありません。演習で見られるのは、限られた時間の中で何を大事と判断し、どう手を打ったかです。数を追って一件ごとの中身が薄くなるより、重い問題を見落とさず、手の打ち方に筋が通っていることのほうが大切です。
Q. 優先順位を判断する力は、日ごろの仕事でどう鍛えればよいですか。
朝いちばんに、その日の仕事を「急ぐか」「影響が大きいか」で振り分けてみることです。あわせて、自分がやっている仕事のうち、方針を示せば人に任せられるものはないかを考えてみてください。任せる経験は、部下の育成にもつながります。
Q. 任せるのが不安なときは、どうすればよいですか。
任せきりにせず、期限と報告先を決めておくことです。いつ、誰から結果が届くかが決まっていれば、途中で軌道修正もできます。任せることと、見届けることは、セットで考えます。
まとめ
- 仕事が重なったときに問われるのは、全体を見て、何が大事かを見極める力
- 人の心身・顧客の信頼・法令に関わる問題は、期日がなくても先に手を打つ
- すべてを自分で抱えず、方針・担当・期限・報告先を決めて任せる
- 方向性を決める重い仕事には、根拠を示して腰を据える
- インバスケット演習は、この判断を限られた時間の中で再現したもの
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執筆者
西山 真一(人事総務マネジメントサービス株式会社 代表取締役)。社会保険労務士・中小企業診断士。企業の管理職登用・昇格の人材アセスメントで、20年にわたりアセッサーを務め、延べ3,000名以上の評価に携わる。著書に『人材アセスメント受験者、管理職のためのインバスケット演習』(廣瀬正人 監修)ほか、シリーズ累計8万部。YouTubeで「西山真一の実践的マネジメント講座」を配信。(会社概要)