優先順位は、「急ぐか」「重いか」という一般的な物差しだけでは決まりません。同じ案件でも、自分が置かれた状況と、そこで期待されていること(立ち位置)、そして自分が何を重視するのか(方針)によって、重みが変わるからです。まず立ち位置を確かめ、方針を立て、その方針に沿って一貫して仕事を進める。それが、管理職の優先順位のつけ方です。
インバスケット演習の解説や研修では、「急ぐか」と「重いか」で仕事を振り分ける考え方がよく紹介されます。とても役に立つ考え方ですが、実際にやってみると、それだけでは決めきれない場面に必ず出会います。
この記事では、20年にわたり人材アセスメントに携わってきた立場から、優先順位を決める前に欠かせない「立ち位置」と「方針」について解説します。
「急ぐか・重いか」だけでは決めきれない
仕事を「急ぐもの」と「重いもの」に分けて考えると、手をつける順番の見当はつきます。しかし、次のような場面ではどうでしょうか。
- 急いで手を打つべき重い案件が、同時に二つあるとき、どちらを先にするか。
- 急ぎではないけれども重い仕事、たとえば職場の方向性を考えることは、目の前の急ぎの仕事があるなら後回しでよいのか。
- 同じ「お客様からの苦情」でも、すぐに手を打つべきものと、担当者に任せればよいものを、何で見分けるのか。
こうした問いには、一般的な物差しは答えてくれません。答えを決めるのは、その職場がどのような状況にあり、自分が何を任されているのか、そして自分が何を大切にするのか、です。
立ち位置とは何か
立ち位置とは、自分が置かれている状況と、そこで自分に期待されていることです。例えば、次のようなことを確かめます。
- 会社や職場は、いまどのような状況にあるのか(業績、人の状況、お客様との関係など)。
- 自分は、誰から、何を任されているのか。どのような期待をかけられているのか。
- 自分の役職や権限で、どこまで決められるのか。
立ち位置があいまいなまま仕事を始めると、一つひとつの対応はもっともらしくても、組織から期待されていることとずれた対応や、期待外れの対応になりがちです。インバスケット演習でも、実際の職場でも、最初に立ち位置を確かめることが出発点になります。
案件の全体に目を通すときに何を見るのかは、次の記事で解説しています。
→ 関連記事:インバスケット演習で、案件の全体に目を通すとは何を見ることか
方針とは何か
方針とは、立ち位置に照らして、自分が何を重視し、何を達成しようとするのかを示したものです。「今期は、お客様の信頼を取り戻すことを最優先にする」「人が辞めない職場をつくる」といった、仕事の進め方の軸になるものです。
方針は、頭の中で考えているだけでは役に立ちません。言葉にして部下や関係者に伝えて、はじめて職場で共有されます。インバスケット演習でも同じで、回答の中に示されていなければ、その人がどのような方針で仕事を進めようとしているのかは伝わりません。
方針があると、何が変わるのか
優先順位が決まる
方針があれば、急ぐ重い案件が二つ重なったときにも、「自分の方針に照らして、こちらの影響のほうが大きい」と判断できます。急ぎではない方向づけの仕事にも、時間を割く理由がはっきりします。
判断に一貫性が生まれる
方針がないまま案件を一つずつ処理すると、ある案件では売上を優先し、別の案件では手間の少なさを優先する、といったぶれが起きます。一つひとつは筋が通っていても、全体として何を目指しているのかが見えません。方針に沿って処理すれば、判断の基準がそろいます。
部下が動きやすくなる
上司の方針が分かっていれば、部下は、指示が届いていない場面でも「課長ならこう考えるはずだ」と自分で判断できます。逆に、方針が見えず、判断がそのつど変わる上司のもとでは、部下は迷い、やがて上司を信頼しなくなります。
架空の例:同じ二つの用件、違う立ち位置
あなたは営業課長に着任したばかりで、机には次の二つの用件が届いています。
- お客様のC社から:納品した商品の不具合についての苦情。担当者の対応にも不満がある。
- 入社3年目の部下から:「仕事の進め方に悩んでいて、辞めることも考えている。一度話を聞いてほしい」という相談。
どちらも、放っておけない案件です。では、どちらに先に、より大きな力をかけるべきでしょうか。
立ち位置A:着任にあたって部長から、「お客様の信頼が落ちている。顧客満足の回復を最優先にしてほしい」と言われていた場合。苦情は、まさに方針の中心にある案件です。自ら先頭に立って、C社へのお詫びと事実の確認、再発の防止まで手厚く手を打ちます。部下の相談には、日時を決めて必ず話を聞く約束をしたうえで、それまでの間を先輩社員に支えてもらう、といった手を打ちます。
立ち位置B:部長から、「この1年で若手が3人辞めている。人が定着する職場をつくってほしい」と言われていた場合。部下の相談は、方針の中心にかかわる重い案件です。出発前に自分で時間をとって話を聞き、悩みの背景をつかもうとします。苦情にも手を打ちますが、信頼できる係長に、お詫びと事実の確認、報告の期限を示して任せる、という進め方が考えられます。
どちらの立ち位置でも、二つの用件の両方に手を打つことに変わりはありません。違うのは、どちらを自分で手厚く扱い、どちらを任せるかという力のかけ方です。そして、その違いを生むのが立ち位置と方針です。
方針は、完璧でなくてよい
着任したばかりで情報が少ないとき、限られた時間の中で、根拠のそろった方針を立てるのは簡単ではありません。それでも、手元の情報から「いまの状況なら、まずはこれを重視する」という仮の方針を立てることはできます。
大切なのは、方針を示さずに済ませるのではなく、根拠を添えて仮の方針を示し、新しい情報が入ったら見直すことです。慎重な人ほど、確信が持てないことを口にするのをためらいがちです。しかし、方針が示されないことは、部下にとっては「何を大切にすればよいか分からない」ということでもあります。
よくあるつまずき
- 立ち位置を確かめずに処理を始める
自分に何が期待されているかを確かめないまま案件に入ると、対応が期待とずれやすくなります。 - 方針が意気込みにとどまる
「売上を伸ばしたい」「職場を良くしたい」だけでは、何を重視し、何から手をつけるのかが分かりません。状況に根ざした、具体的な方針にすることが大切です。 - 立てた方針と、実際の処理が食い違う
方針では「人の定着」を掲げながら、部下の相談を後回しにしてしまう、といった食い違いです。方針は、立てたあとに一つひとつの判断で使ってこそ意味があります。
職場でできる練習
- 自分の立ち位置(職場の状況と、自分に期待されていること)を、一文で書き出してみる。
- 今期、自分が重視することを三つ以内に絞り、根拠とあわせて部下に伝えてみる。
- 判断に迷ったとき、「自分の方針に照らすと、どちらか」と問い直す習慣をつける。
まとめ
- 優先順位は、「急ぐか・重いか」という一般的な物差しだけでは決まらない。
- まず立ち位置(職場の状況と、自分への期待)を確かめ、何を重視するかという方針を立てる。
- 方針があると、優先順位が決まり、判断に一貫性が生まれ、部下が動きやすくなる。
- 方針は完璧でなくてよい。根拠を添えて仮の方針を示し、必要に応じて見直す。
優先順位のつけ方そのものについては、次の記事でも解説しています。
→ 関連記事:仕事が重なったとき、どこから手をつけるか ― 優先順位と任せ方
立ち位置と方針の大切さについては、次の解説動画でもお話ししています。
よくある質問
方針と目標は、どう違うのですか。
目標は「何を、いつまでに、どこまで達成するか」というゴールです。方針は、そのゴールに向けて「何を重視し、どのように進めるか」という考え方の軸です。例えば「来期までに若手の離職をゼロにする」が目標なら、「若手一人ひとりと話す時間を、ほかの仕事より優先する」が方針にあたります。
情報が少なくても、方針を立てられますか。
立てられます。手元の情報から、職場の状況と自分への期待を読み取り、「いまの状況なら、まずこれを重視する」という仮の方針を立てます。そのうえで、足りない情報を部下や関係者に確かめ、必要に応じて方針を見直していけばよいのです。
上司の方針と、自分の方針が食い違うときはどうしますか。
まずは、上司や会社の方針を前提に、自分の職場で何を重視するかを考えます。そのうえで、現場の状況から見て上司の方針に見直しが必要だと考えるなら、根拠を添えて上司に意見を伝えることも、管理職の大切な役割です。
あなたの回答は、どう評価されるのか
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執筆者
西山 真一(人事総務マネジメントサービス株式会社 代表取締役)。社会保険労務士・中小企業診断士。著書に『人材アセスメント受験者、管理職のためのインバスケット演習』(廣瀬正人 監修)ほか、シリーズ累計8万部。YouTubeで「西山真一の実践的マネジメント講座」を配信。(会社概要)